October 21, 2009
麗子の微笑み
空やビルに反射した明るい秋の日差しが柔らかく射しこみ、細めに開けた窓からは、ひんやりした風が柔らかく肌に触れて部屋の中を通り過ぎていきます。2,009年10月21日午前10時。なんと心地よい朝だろう・・・。
散歩から帰って来て、お定まりの部屋のお定まりの椅子に座り、しばし外を眺めた後、傍らに積んでおいた本の中の一冊を抜き出してパラパラとめくり始めました。
麗子像で有名な岸田劉生の孫娘で麗子の娘にあたる岸田夏子による「肖像画の不思議−麗子と麗子像」という本。
岸田劉生の絵で私が直ぐ思い出すのは、麗子像と”坂道の絵(正確には「道路と土手と塀(切通之写生)」)の2枚だけ。坂道の絵には、当初、地中のマグマがほとばしるような強いエネルギーを感じた記憶があります。また麗子像には愛娘に対する可愛さ、愛らしさより、なにか霊的な念が込められているような恐さを感じました。
本の表題を見て、これまでの私の疑問(なぜこんな絵になるのか?)に答えてくれる何かがあるかもしれないという気がして図書館から借りておいたのです。
劉生自身の記述や夏子氏の解説などから判断すると、やはり、沢山ある麗子像のうち特に重要文化財の「(青果持テル)麗子微笑」のにんまりした微笑は、ダ・ヴィンチのモナリザの影響が大きいようですね。その後、ゴヤや寒山拾得などの影響から、さらに凄みのある微笑像を画いているようです。
また、麗子の姿をしてはいるものの、実物の麗子本人から次第に離れ、マリア様がそこに重ねられていたり(キリスト教徒だった)、歌舞伎や浮世絵、能面風の麗子像なども画いているようです。
劉生の絵は重厚なので、5,60歳の時の絵だと云う印象がありましたが、彼は38歳で亡くなっており、重文の麗子像などは30歳くらいの時の絵ですね。現在とは意識の持ち方が随分違うなと、改めて感じました。

右は、麗子本人による絵「文絵像」(1957頃)です。
劉生の絵は、私にはいささか重過ぎますが、この絵はきれいで、、、、劉生の絵を見た後で見ると、、、何かホッとします。
散歩から帰って来て、お定まりの部屋のお定まりの椅子に座り、しばし外を眺めた後、傍らに積んでおいた本の中の一冊を抜き出してパラパラとめくり始めました。
麗子像で有名な岸田劉生の孫娘で麗子の娘にあたる岸田夏子による「肖像画の不思議−麗子と麗子像」という本。
本の表題を見て、これまでの私の疑問(なぜこんな絵になるのか?)に答えてくれる何かがあるかもしれないという気がして図書館から借りておいたのです。
また、麗子の姿をしてはいるものの、実物の麗子本人から次第に離れ、マリア様がそこに重ねられていたり(キリスト教徒だった)、歌舞伎や浮世絵、能面風の麗子像なども画いているようです。
劉生の絵は重厚なので、5,60歳の時の絵だと云う印象がありましたが、彼は38歳で亡くなっており、重文の麗子像などは30歳くらいの時の絵ですね。現在とは意識の持ち方が随分違うなと、改めて感じました。
右は、麗子本人による絵「文絵像」(1957頃)です。
劉生の絵は、私にはいささか重過ぎますが、この絵はきれいで、、、、劉生の絵を見た後で見ると、、、何かホッとします。
